人間あっての社会。水の奪い合い、というか水の取り合いは古代から続いている。
働いても賃金の格差は必ずおきる。水は高い所から低い所に移るというか落ちる。自然の摂理と言ううのではなく高低差で上がるのではなく、水面を保つか低いとこに落ちるだけ。他人を羨むことではないし、受け入れるだけかもしれない。親の代はそれを知っていて、どうにか子供(私たち)に教育を受けさせた。一部が高じて、というか全部が高じて教育競争に現れて、お宅は何処の学校を出たんですか?とか競い合いの視野狭窄になっている世界。
いま教育に求められるのは教養ではないかとこの10年続けて言われているんじゃなかったっけ。
水に例えれば、周りと喧嘩する選択肢は個人にはない。仲良くする、うまくやって行くしかない。私たちの世界では全員が一緒だから、決まりごとは全員一致。多数決で優劣が決まるのではなく皆が一緒で決める、決まる。それを合意といって多数決ではない、ってさ。
今まで気づかなかった。生きていくための知恵。知識は役に立たず知恵が必要。“知恵”だよ。
お前、横着や、とか偉いな、とか言われるのは知恵が無いことの現れだよ。頭が高すぎだよ。
タワーマンションに住んでいるとか、何々大学を卒業とか、何の役に立たない。爺婆になてってからも他人様と競争するだけの人生を過ごす。死ぬときに後悔だけが残る。そんな競争だけを求める人たち。貴方はどうですか?幸せを感じていますか?
幸せを感じて生きていきたいな。水は血より濃ゆしという話でした。ちゃんちゃん。


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